ホスピタルビルド
   2011

STORY
あらすじ

Story

舞台は、藤岡総合病院の外科医局。

入院患者の米谷義一(Cast:逸見輝羊)は、外科医の本郷学(Cast:石部雄一)やベテラン看護師の西村京子(Cast:栗林真弓)と夜中に麻雀をしたり、医師しか入れない外科の医局に勝手に出入りして、本郷を脅して麻雀の掛け金を取りたてたりと、好き放題の振る舞い。
そして、幼馴染である担当医の外科科長・野崎修一(Cast:佐川和正)の診察を受けることを、頑なに拒んでいる。

藤岡総合病院は、実は大赤字。
父親から病院を遺され、経営の建て直しに頭を悩ませる院長・藤岡孝史(Cast:増島愛浩)は、新外科部長として、亡き父が素質を見込んだ優秀な外科医で、がん研究を専門とする平井寛之(Cast:天野浩成)を呼び寄せる。
平井は外科医局の様子を観察し、カルテは雑然と置かれ、窓は不用心に開き、夜勤看護師の引き継ぎは適当、医師や看護師が患者と賭け麻雀をし、患者が医局に勝手に入り込む、この病院は最低だと断じる。
医師の仕事は医療を通じてお金を生産することであり、この病院の医師達のしていることはお医者さんごっこだ、と言い放った平井は、末期患者も同然のこの病院の担当医の役を引き受けようといって、外科部長に就任する。

元気そうに見える米谷は、医局の様子を観察していた平井が一目で重篤患者と見抜いた通り、実は末期の胃がんに冒されていて、担当医の野崎は告知ができずに悩んでいる。
米谷は保険に入っておらず、保証人もいないため、治療費の問題もあった。

新外科部長となった平井を、前の勤務先である研究所の時代から取引があった製薬会社の営業・辻里美(Cast:藤沢瀬里奈)が訪ねてくる。
辻は、平井と藤岡院長に、この病院の外科で使う薬を全て自社の薬に変えてくれれば、価格を2割引とし、その分を二人へのリベートとする、ともちかける。
その申し出は藤岡院長は戸惑うが、平井は前向きに検討する、今週中に結論を出そうと答える。

米谷については、自分が担当医だったらどうするか、と話題にする医師達の間でも、告知して積極治療をするという加納良夫(Cast:寿里)に、苦しむだけだ、と緩和ケアに傾く主任の森村律子(Cast:桜田聖子)と、意見が分かれる。
そのとき加納から、米谷が転院すると聞いた森村は、転院は米谷を見放すことになる、米谷の希望を尊重できないのか、と、やってきた野崎や加納にくってかかるが、野崎は、ここでは十分な治療が受けられないから、としか答えられない。

森村達が去り、米谷にからかわれてばかりの若い看護師・佐藤香(Cast:朝倉えりか)と話しているうちに、野崎は米谷に告知をする決意を固め、佐藤を伴って米谷のもとへ向かおうとする。
そこに、藤岡院長と平井外科部長がやってくる。
米谷のカルテを見ようとする藤岡院長に、平井は、米谷は末期のスキルス性胃がんだが、費用の問題からこれ以上うちで面倒を見るわけにはいかない、担当医の野崎先生が決断してくれた、と告げる。
野崎は平井に、米谷は移さない、自分が面倒を見る、と、翻意を明かす。
そんな野崎の判断を平井は、彼は助からない、費用の問題はどうするのか、病院はボランティアではなくサービス業だ、と否定し、藤岡院長に、野崎のように情に流されていては経営の立て直しはできない、と釘を刺す。
しかし野崎は米谷のもとへと向かい、平井は藤岡院長を伴って、止めようと野崎の後を追う。

建設会社の親方である米谷は、外科医局の壁の様子から、病院の建築に不備があることを見抜き、そのうち壁にひびが入り崩れてくると予告していた。
うちに頼めばよそより安く丈夫に建て直してやる、と言っていた米谷は、土木作業員の小林泰三(Cast:植木祥平)と黒田直樹(Cast:友常勇気)を呼び寄せ、工事にあたらせる。
米谷から、院長はこのことを知らないと聞いた本郷は、それはまずいと指摘すると、それなら院長を呼んで来い、今すぐ! と怒鳴られ、飛び出していく。

米谷はさらに、重大なことに気づいたといって、やってきた医員の加納と研修医の岸田純平(Cast:紅葉美緒)に、院長か担当医の野崎を呼べと命じる。
加納と岸田は、米谷が自分の病状に気づいたのだと勘違いする。加納が野崎を呼びに行き、医局で米谷と二人きりになった岸田は、米谷が病院の建物の寿命のことを“あと1年、いやもって半年”と言ったのを米谷自身の余命を悟ったものと思いこみ、米谷が末期の胃がんだということを告げてしまう。


平井外科部長は外科の医師・看護師を全員医局に集め、米谷の処遇について意見を問う。
伝えた以上、この病院で世話をすべきだ、という研修医の岸田に、平井は、患者の治癒を本気で考えるなら、この病院に置いておくことがべきだろうかと問い返す。
森村主任は、それでもこの病院で看病すべきだと主張するが、この病院の医師と看護師は技術と経験が足りない、彼が苦しむのを見てあなた達が苦しむだけだ、と平井は返す。
佐藤看護師は、米谷に支払い能力がないから、平井は米谷を追いだしたいのだろう、と、平井を非難する。平井は、そのことも当然考慮すべきだが、今の論点はあくまで、転院した方が米谷は水準の高い医療を受けられるということだ、と突っぱねる。
そして平井は、集まってもらったのは民主的に合意形成で方針を決めるためではなく、この件を通して、自分の医療に対する考え方、病院の現状などを話しておきたかったからだ、彼は転院させる、決定だと宣言する。
それに対し、米谷の担当医の野崎は、米谷は治らないと断言する。そうすると残るのはお金の問題だけだ、なんとかならないか3日待ってほしいと藤岡院長に頼み、藤岡院長は、無理だと思うが、と野崎の頼みをきく。
森村は、医師は無力だと思い悩むが、ベテラン看護師の西村にさりげなく励まされ、気を取り直して仕事に戻る。

誰もいなくなった医局に、ここなら大丈夫、と、辻は平井を連れてくる。
辻は米谷のカルテを見たがり、肺にまで転移している米谷の病状を把握すると、平井の専門であるがん治療薬の治験を頼み込む。
さらに辻が、平井へのリベートを先渡ししたところを、たまたま入ってきた加納が見てしまう。
外科部長の地位を利用して私服を肥やすのは許せない、と非難する加納に、この金は自分の生活費や交友費になど使わない、もっと崇高な目的のために使う、という平井。しかし、問われても、その目的については答えることなく去る。

ふたたび誰もいなくなった医局に、米谷が入り込み、自分のカルテを探す。
が、誰かがやってくる気配に、とっさにカーテンで仕切られたスペースの中に隠れる。

工事の許可が下り、小林と黒田は壁の工事に取り掛かる。
米谷の病状について聞いた小林は、森村主任と二人きりになったとき、親方の苦しみを軽くするためなら何でもする、自分に何ができる、と問いただすが、森村は、もう何もできないかもしれない、としか答えられない。
医者は役立たずだ、という小林に、医者にも完璧な人間なんていない、と森村は答えるが、そんなことはわかっている、と小林は激昂、オペがあるから、と、森村は逃げるように医局を後にする。
やりきれない思いで残された小林は、そこにいた用務員(Cast:黒坂カズシ)に、生きがいは何かとたずねる。用務員は、首にかけていた手ぬぐいを手渡し、《寅さん》だと教える。
その名場面を演じてみせ、親方も《寅さん》が大好きで…という小林に、用務員は、室内にあった『笑いと免疫力』という本を示す。これこそが米谷にできることだ、と感じた小林は、用務員に礼を言って飛び出していく。

野崎がひとり、米谷のカルテを探しているところに、隠れていた米谷が出てくる。
野崎の診察をあくまで拒む米谷。その理由は、二人がよく一緒に遊んでいた過去にあった。
水商売をしていた母親に女手一つで育てられ、貧しかった米谷は、空腹に耐えかねて給食室のパンをひとつ盗み、級友たちに袋だたきにされた。それ以来、それまでは米谷の家に遊びに来ていた野崎は、米谷とのつきあいを断ち、それ以来、米谷は人を信じられなくなったのだった。
本音を言え、俺が迷惑なんだろう、という米谷の言葉を野崎は否定するが、米谷は、こんなところで一生終わりたくない、ここは行き地獄だ、早く出してくれよ、と懇願する。
しかし野崎は、お前をここから絶対に出さない、とつっぱね、金のことは心配するな、と言う。
そこに、医療がお金で左右されるなんて…と、若い看護師の佐藤と研修医の岸田が、藤岡院長を非難しながら入ってくる。
事情を察した米谷は、俺のことを気にして無理するな、とつぶやいて出て行く。

佐藤と岸田に責められ、自分が医者になったのは父親が医者だったからで人助けのためではない、転院させたほうが米谷のため、とのらりくらりとかわしていた藤岡だったが、皆が出て行ったあと、やってきた西村と二人になると、自分は経営者としても医者としても不適格かもしれない、と弱みをみせる。
ベテラン看護師の西村から、若いうちは失敗するのがあたりまえ、ただ院長はトップなのだから、失敗するにしても信念は貫いてほしい、信じることに正解不正解はない、と励まされると、西村に、皆をここに呼んでくるように言い、自らも医局を飛び出していく。

小林は黒田に、『笑いと免疫力』の本を見せ、米谷を笑わせる芸について相談する。
小林が黒田から、コントというものについて教えられたところで、小林が“師匠”と仰ぐ用務員の携帯が鳴り、一同は医局を出て行く。

入れ替わりに集まった藤岡総合病院のスタッフに、藤岡院長は、明日この病院の現状について皆に数値を出して説明する、と予告。
米谷は転院させる、これは自分の院長としての決断であり、不満がある人はこの病院を去るように、と宣言する。
しかしそこに、平井外科部長が辻を伴ってやってきて、治験薬を使うため、米谷はこの病院に残すことにしたことを皆に伝える。


米谷の手術を翌日に控えた深夜になっても、誰が執刀するかで、外科の医師達はもめていた。
その間に、本郷の手引きで米谷にコントを見せることになっていた小林と黒田が、ネコとネズミの着ぐるみ着用で外科医局にやってくる。
会議を抜けていた本郷は、まだ手はずが整っていないことをわび、会議が終わり次第すぐに米谷を起こしに行くと言い残して、会議に戻っていく。

小林と黒田が待機する外科医局に、米谷がやってくる。
隠れた二人だったが、物音を立ててみつかってしまい、そのまま米谷に、用意してきたコントを見せるが、思うように米谷を笑わせることはできなかった。
小林は真意を隠して、米谷には余興の練習だと言い張る。クビだという米谷に、自身の身体を気にかけてほしい、と懇願する。米谷が、この壁が直れば自分の身体が治ると思っていることを指摘し、この壁はもうだめだ、こんな壁と自分を比較してもしかたない、という。
米谷は、アメリカにこれと同じような工事例があるが、お前らには無理だろうな、と聞えよがしに言う。それは米谷独特の“やれ”ということだとわかっている小林は、壁を立て直すべく飛び出していく。

一人きりになった米谷を、激痛が襲う。
やってきた看護師の佐藤を、米谷は、お前の看護は受けない、帰れ、と拒む。
佐藤は、明日の執刀医が野崎に決まった、野崎は“私が絶対に治す”という医師として絶対に使ってはいけない言葉まで使って米谷を治そうとしている、治験薬という新薬も使う、だから助かる可能性がある、と訴える。
しかし米谷は、手術は受けない、明日になれば解決する、と、佐藤の言葉も、佐藤が話している間に他の医師達と入ってきた野崎の治療も拒む。
米谷は、運動会になるとはしゃぎ、貧しくおいしくない弁当を作って、大声で米谷を応援していた母親の思い出話をしだす。そして、野崎たち他の子どもは水商売女と笑っていたが、自分にとってただ一人の、女手ひとつで育ててくれたその母親が、父親と同様ガンで死んだことを告げると、医局を出て行く。

佐藤の米谷への言葉とは異なり、ほんとうは、米谷の執刀医は平井外科部長に決まっていた。
佐藤は、平井の治療は人体実験だと非難するが、佐藤と親しい研修医の岸田は、確かにその通りだが、この病院で技術も経験も一番の平井が執刀することは、ベストの選択だと言う。
平井が執刀することについてどう思う、と、藤岡院長に問われた加納は、そんなに苦しむならなぜ平井を外科部長にしたのか、と問い返す。それに対し藤岡は、平井は前院長だった父親が素質を見込んだ人で、みんなが思っているような人ではないと断言する。
野崎も、平井の診察眼と腕は確かで、他の病院にもああいう人はいない、自分の未熟さを思い知らされたので、会議で何も言えなかったのだという。

そこに平井が入ってきて、米谷の担当医だった野崎に、翌日の米谷の手術の助手を依頼する。
気持ちの問題だといって断った野崎に、だからこそ、今後のこともあるので依頼したと平井は言うが、あくまでも野崎は承諾しない。
辻を伴って打ち合わせに戻ろうとする平井に、加納は、また金をもらうのか、と、平井が辻から金を受け取っているのを見たことを暴露する。
その金は何に使うものなのか、と医師達に問い詰められた平井は、将来この病院をがん専門の研究病院としたいという構想を明かし、そのためにはわずかな資金でもストックしておくべきだという。そして、もう助からない米谷が研究結果を残すことは有意義だ、目の前の一人より、先の何十万人を助けるのだ、と断言する。
そんな平井に森村は、医師の仕事は治療だけでなく、心理面のケア、緩和ケアも大切であり、末期患者でもまだできることはある、と、くいさがる。
じゃあ、具体的に何をしろというんだ、と平井が問い返したところに、小林と黒田が飛び込んできて、米谷が見当たらないという。
米谷は死ぬつもりだ、と、全員が米谷を探すために飛び出していく。

誰もいなくなった医局に、米谷が入ってきて、壁を壊そうとする。
看護師の佐藤がやってきて、米谷に、病棟に戻ろう、と声をかける。
米谷は佐藤に、お前の言う“助かる”とはどういうことだ、と問い質す。手術とリハビリと再発を繰り返し、そのうちに取り切れる限界がきて死を迎えるなら、手術に何の意味がある、と。
野崎と話し合ってほしい、という佐藤の言葉を拒む米谷に、不器用な似た者同士だから野崎が嫌いなのだろう、いいかげんにちゃんと向き合って、と佐藤は訴える。
そんな佐藤を、米谷は、ソファの上に押し倒す。

入ってきた野崎は、執刀は平井がするから手術を受けろ、と米谷を説得する。
しかし米谷は、医師としてでなく、野崎の本心が聞きたい、本当のことを言ってくれ、と、野崎の胸倉をつかんで迫る。
米谷の切実な問いかけに野崎は、ついに、本当のことを明かす。
そうだ。お前は助からない。お前は死ぬんだ。死んでいなくなるんだ。
それを聞いた米谷は、壁を壊して俺も死ぬ、と、壁を壊しにかかり、止めようとする野崎を振り払う。
そこに、米谷を探していた一同が戻ってきて、米谷から工具を取り上げる。
米谷は、腹心の小林をそば近くに呼び寄せ、俺は死んでいなくなるそうだ、と、涙ながらに訴える。もう一度女を抱きたかった、もう一度ちゃんぽんを食いたかった、もう一度ドキドキしたかった、と。
そして野崎に懇願する。俺を助けてくれよ、どの本を見ても先のことは書いていない、死んだら終わりだ…と。
そして、結果が同じなら、お前が俺の身体を切れ、と、野崎の執刀を切望する。
しかし野崎は、米谷の懇願に応えることができない。
米谷は、言いたいことは言った、あとは皆の指示に従う、と、覚悟を決めた様子を見せる。

皆が出て行き、医局には、米谷、佐藤、森村、そして野崎だけが残る。
米谷は佐藤に、押し倒したことをわびる。なぜあんなことをしたのか、と問う佐藤に、最後にあんたの顔が見たかった、あんたには感謝してる、あんたはいいナースだ、と頭を下げる。
それを見た野崎は、米谷に告げる。
米谷もういい。好きにしろ。
そして、窓を開け放ち、苦しくなったときに病院から薬をもらうための書類を渡し、病院を脱出するよう促す。
止めようとする森村に野崎は、医者が人の生き方を左右するのはおこがましい、患者の気持ちを大切にすべきだ、と訴えかける。
小林は、今のあなたじゃあの窓は越えられない、無理です、と、米谷独特の言い方を真似て、米谷を後押しする。
米谷は、お前達とは二度と会わない、と、窓を越えていった。



3月。
資格を取る勉強のために退職した佐藤が、医局に挨拶にやってきていた。
そして藤岡院長から、野崎も3月いっぱいで退職することが紹介される。実家の近くの小さな病院に移るのだという。
そして、藤岡も、経営は理事会に任せ、院長を退任し、一外科医として働く決意を明かす。
しかも藤岡は、いつのまにか、見合い結婚までしていた。

医局に野崎と森村とだけになったところで、佐藤は、今朝、米谷が亡くなったそうだ、と告げて去る。

野崎は窓辺に立ち、患者と向き合って胸が苦しくなったときは、この窓から外の景色を眺めるのだ、と、森村に語る。
その数だけ人の想いのある建物が壊されては建てられ街が発展していく様子は、自分達に似ている、と。
野崎がこれから勤める病院は、山奥の小さな病院だが、ホスピスがあるという。そこで患者や家族の心理面のケアをしたい、と、野崎は話す。

そこに、本郷が息せききって飛び込んできて、子どもが生まれたことを告げる。
喜びを爆発させ、皆に告げて回ろうと飛び出していく本郷を見て、私達もあの人のように強く生きなければなりませんね、と野崎。
森村も、私もここで戦う、患者の気持ちを大切にできる医師になりたい、と、決意を述べる。

清掃作業で通りかかった用務員に、野崎は、退職の挨拶をする。
用務員は「ごくろうさまでした」と言って、部屋を出る。
それまで声を聞いたことがなかった用務員のひとことに、野崎は、いま、しゃべったよね! と驚く。
先生の笑った顔を久しぶりに見ました、という森村と、野崎は笑顔を交わす。

Last update :
14th July 2011
公演後
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