妄想姉妹

第10話 「藪の中」

Episode 10 Story

あらすじ

 
Story
藤尾(紺野まひる)の持っていた書類が、自分たちの屋敷の買い取りに関するものだと知り、不安を募らせる晶子(吉瀬美智子)。
晶子が写真週刊誌の記者(和田成正)に草太郎(田中哲司)の手紙を売却しようとしている、と勘ぐる節子(高橋真唯)と藤尾。
3人がそれぞれ疑心暗鬼となる中、秘密の書庫から超自然的な力で飛んできたのは、芥川龍之介の著した『藪の中』だった。

この本は、旅の女が山賊に、縛られた夫の前で暴行されるという出来事を基に展開する心の深層を描いた作品。
気になって本を開いた晶子は、いつの間にか物語の中に引き込まれていった。

縛られて身動きの取れない夫・武弘(東根作寿英)の目の前で、山賊・多襄丸(天野浩成)に暴行された真砂。

“すると山陰の藪の中に、あの死骸があったのでございます。”

それは私の夫・武弘でございます、私が殺しました、と、泣きながら語る晶子の真砂。
山賊は真砂を手篭めにすると嘲るように笑った。
山賊が去った後、真砂が縛られた夫をみつめると、夫の目に閃いていたのは、怒りでもなければ悲しみでもない、ただ真砂を蔑んだ、冷たい光だった。
わたしは男に蹴られたよりも、その眼の色に打たれ…と、白い空間の中で、泣き崩れる晶子の真砂。

晶子の真砂は、夫にすがりついて訴えた。
「あなたはわたしの恥を御覧になりました。
わたしは一思いに死ぬ覚悟です。
このままあなた一人、お残し申す訳には参りません」
すると、縛られ口をふさがれたままの武弘は、真砂を蔑んだまま、「殺せ。」と一言云った。
晶子の真砂は、足もとに落ちていた武弘の小刀を取り、夫の水干の胸へ、ずぶりと刺し通した。

わたしもすぐにお供します、と夫に告げた晶子の真砂だったが、どうしても死に切る力がなかった。
なんとか死のうといろいろな事もして見ましたが、死に切れずにこうしている限り、これも自慢にはなりますまい。夫を殺したわたしは、山賊に手ごめにされたわたしは、一体どうすれば…と、白い空間の中で、身を震わせて泣く晶子の真砂。

そのとき、その白い空間に、赤い衣をまとった男が現れた。
「私は、あの男を殺すつもりはなかったのです」
晶子の真砂は、男を指さして叫ぶ。あの男が山賊です、あの男が、私を手ごめにした───
しかし、男をさす晶子の真砂の指は、真砂に構わず前に進み出た男の身体を、空を切るようにすり抜けてしまう。

山賊・多襄丸はつぶやく。
「ところが泣き伏した女を後に、藪の外へ逃げようとすると、女は突然わたしの腕へ、縋りつきました」
白い空間の中で、晶子の真砂が、多襄丸の腕をつかむ。
多襄丸は真砂を睨むように見据える。
───藪の中で、多襄丸が見据えたのは、節子の真砂だった。
待ってください。あなたが死ぬか夫が死ぬか、どちらか一人死んでください。
節子の真砂は、そう訴える。
二人の男に恥を見せるのは、死ぬよりつらい。その内どちらにしろ、生き残った男につれ添います。
節子の真砂は、そう言って自らの両手で多襄丸の手を包み込み、多襄丸を燃えるような瞳で見上げた。

白い空間の中で、節子の真砂は語る。 その言葉を真に受けて、山賊は夫の縄を解きました。卑怯な殺し方はしたくない、だから、決闘しようというのです。
藪の中で、激しく斬り結ぶ、多襄丸と武弘。
そんな二人を、冷ややかにみつめる節子の真砂。
本当に男って。いまさら何が“卑怯な殺し方はしたくない”でしょう。
私はもちろん、どちらの男とも連れ添うつもりはありませんでした。
白い空間の中で、節子の真砂は激しく言い放つ。
夫のあの蔑むような目。許せない、私が山賊に犯されたのは誰のせい? あいつがふがいないからじゃない!
そんな節子の真砂に、晶子の真砂が、そんな! と抗議する。
しかし節子の真砂は続ける。
だから私は逃げてやった。どちらの男からも解放されて、一人で自由に生きるために。
そうでしょう、と振り返った節子の真砂を、晶子の真砂は、違うわ、と否定する。
私は逃げたりなんかしてないわ。
逃げたわ。何がいけないのよ。だって、どっちも最低の男じゃない。

そこに、その白い空間に、武弘が現れて叫ぶ。
おれは妬しさに身悶えした!
山賊は妻を手ごめにすると、そこへ腰を下したまま、いろいろ妻を慰め出した。
が、おれはその間に、何度も妻へ目くばせした。この男の云う事を真に受けるな、何を云っても嘘と思え!
それなのに…

藪の中で真砂の肩を抱き、多襄丸は優しげに語りかける。
「一度でも肌身を汚したとなれば、夫との仲も折り合うまい。
そんな夫に連れ添っているより、自分の妻になる気はないか?
自分はいとしいと思えばこそ、大それた真似も働いたのだ」
そんな多襄丸の胸の中から顔を上げて、嫣然と微笑んできっぱりと答えたのは、藤尾の真砂だった。
では、どこへでも連れて行ってください。
藤尾の真砂は、縛られてもがく夫を見ながら続ける。
あのひとは、殺してください。

白い空間の中、あのときと同じように縛り上げられた武弘を見据え、藤尾の真砂は言い放つ。
ほんとうに私の夫は、ふがいない男だった。
それと比べて、あの山賊のたくましかったこと。
男は、強くなくては。
あの男を私のものにしたら、私を征服したあの力強さで、今度は私を守ってくれるはず。
だから私はあの山賊を選んだんだわ。
藤尾の真砂の言葉を、節子の真砂が否定する。
嘘よ。嘘だわ。
晶子の真砂も、藤尾の真砂を非難する。
恥を知りなさい。
そんな二人に、藤尾の真砂は言い返す。
いい子ぶったってはじまらないじゃない。あなたたちの身体だって、ちゃんと覚えてるはずよ。
あの男の力強さを。
やめて、と思わず口にする晶子の真砂。視線を泳がせる節子の真砂。
だけど、あの男は私を裏切った、と藤尾の真砂。
あの男を殺してください、と言われて太刀を取った多襄丸は、藤尾の真砂を蹴り倒した。
そして縛られた武弘に近づき、問いかける。
「あの女はどうする。殺すか? それとも助けてやるか。
ただうなずけばそれでいい。
殺すか? どうするか?」
多襄丸の問いに、武弘はうなずいた。
藤尾の真砂は、悲鳴を上げてその場を走り去った───

藪の中、多襄丸から逃れた藤尾は。
あの山賊、私のことが怖くなったのね。
夫も夫だわ。自分の妻を寝取った男の情にすがるなんて。
だから私、逃げてやった。
そこに現れた節子の真砂は言う。
そうよ。そしてあの男が、夫を殺したのよ。
藤尾の真砂は笑う。
ばかばかしい。あんな安っぽい山賊に、そんな根性あるもんですか。
夫の縄を切って、あの山賊はさっさとその場を逃げ出したのよ。
じゃあ夫は、夫は誰が殺したの、という節子の真砂の問いに、晶子の真砂が現れて言う。
だから言ったじゃない、私が殺したのよ。
しかし藤尾の真砂は、晶子の真砂も否定する。
違うわ。あの男は自殺した。
目の前で女房を寝取られたのが耐えられなかったのね。
プライドのためだけに死ぬなんて、男って本当に馬鹿。

白い空間の中、袖を上げて、手首の傷を見せる藤尾の真砂。
そして私は、その小刀(さすが)で…
私は生き残った妻。同情ぐらい買っておかないと、世間がうるさいわ、と、言い切る藤尾の真砂。
違う、私はほんとうに夫の後を追って…と訴える晶子の真砂。
でもあなた生きてるじゃない、生きたいと思うのは自然なことよ、くだらないプライドのために死ぬのは男だけで十分、と、節子の真砂。
くだらないプライドって、あなたがた、淑女としての貞節はないの? という晶子の真砂を、節子の真砂は鼻で笑う。夫の前であれだけのことをしておいて。
だって、無理に奪われたのよ、という晶子の真砂に、ちょっといい子ちゃんすぎない、と、節子の真砂。
いい子ちゃんなのはあなただって一緒よ、と、藤尾の真砂。何が逃げようとした、よ。あなた、あの男に抱かれて、よかったくせに。
よくなんかないわ! と節子の真砂。
そうよ、私達、手ごめにされたのよ、と晶子の真砂。
関係ないわ! と藤尾の真砂。私はあの男の身体がよかった。このままついていっていいと思った。本当よ?
そんな藤尾の真砂を、節子の真砂は哂う。
わかった。プライドが高いのはあなたのほうよ。自分が辱められたって、認めたくないんでしょ。
私は辱められてなんかいない、と、声を荒らげる藤尾の真砂。私があんまり魅力的だから、男も欲望を抑え切れなかっただけ。
はぁあ、だから山賊が自分を口説いたなんて嘘を、と、節子の真砂。あの男は事が終わった後、私を足蹴にして逃げようとしたのよ。
してないわ! 私に夢中で、私を妻にしようとした!
いいえ、逃げ去ろうとした。だから私のほうから腕に縋りついてやったのよ!
そんなあさましいこと、私がするわけないわ。
したわしたわ、だって自由に生きるためだもの。
藤尾の真砂と節子の真砂の激しい言い合いを、晶子の藤尾がさえぎる。
もうやめてもうやめて、こんな言い争い無駄よ! どっちにしろ、私は被害者なのよ。見ず知らずの山賊にはずかしめられて、そして夫を失った。
それが全てよ。とっても可哀想な女なのよ。
そういう晶子の真砂に、節子の真砂、藤尾の真砂は冷たい視線を向ける。
それでいいじゃない。それ以上の真実なんて、知りたくない。わかりたくない。
そう言い募る晶子の真砂に、節子の藤尾は。
そうやって、いつだって事なかれ主義なのね、晶子姉様は。
…と言って、白い着物を脱ぎ放つと、そこには節子が立っていた。
そんなだから藤尾姉様にいいようにやられるのよ。藤尾お姉様が男とこの家を乗っ取ったら、私はどうすればいいの? 晶子姉様のせいよ、信じてたのに!
そう非難されてその白い空間に立っていたのは、晶子その人。
信じてたなんて嘘ばっかり、記者とのことで晶子姉さん疑ってたじゃない、と、節子を責める藤尾。
それは手紙を売るって言っていたから、という節子を、あの記者と晶子の間に何かあると思っていたじゃない、と断じる藤尾に、節子は否定できず、晶子は藤尾や節子をうらんでいたのではないかと言い出す。
そうかもしれない、藤尾や節子の母親が現れなければ、晶子は母親と生き別れることはなかった、だからあの若い記者とこの家を乗っ取って、お父様に復讐するつもりなのよ、と藤尾も言い出す。

本当に家計が傾いているのかも怪しいわ、だって私達は家計のことは何も知らない、と言いながらドアを開ける節子に続いて、晶子、藤尾も家の居間に戻ってくる。
そんなことを言ったら、記者の話も節子のでっちあげかも、と言う藤尾、なんで記者のことを疑うの、見たでしょあの名刺、と節子。
家計は傾いていないのではないか、いや傾いているからこそ藤尾は男とこの家を売って乗っ取ろうと、晶子こそ父の手紙を売ろうとした…と、3人はお互いの心の中の疑惑や不信感をさらけ出し、けなし合いを始めてしまう。

本を読み終えた3人は、なぜ草太郎が自分たちに『藪の中』を読ませたのか、疑問に思う。
手紙が届いてから、本を読み始めてから、三姉妹はおかしくなっていた。言い争ったり、疑い合ったり…
一体、草太郎は、何を望んでいるのか。
ついに、読むべき本は、最後の1冊を残すのみとなっていた。
しかし、この本を読んだら、自分達はどうなってしまうのか。
三人の誰にも、それはわからなかった。


 
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